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tiny sparrow

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裁判員の判決が高裁で覆される。


「判例」か「市民感覚」か…戸惑いも

裁判員の「死刑」破棄2例目

(クリックで記事に飛びます)


何のための裁判員なのか。
何のための市民感覚なのか。
考えてしまう。


普通の人間に死刑まで決めてしまう重荷を負わせることについても考えてしまう。


【無期懲役に減刑されたことを知った瞬間は、「救われた」と感じたという。「冷静に評議して出した結論だったが、死刑が確定し執行されたらどう気持ちを整理したらいいのか、不安だった」】

裁判員だった方が心の内を、こう明かしている。


死刑判決まで出せるということは、ひとりの人間の生殺与奪権をあたえられているということで。

生殺与奪権を行使するということは、とても重いことだと思う。


「ソフィーの選択」という映画で、ソフィーはナチの収容所に連れて行かれた時に、二人の子供のうち一人を選べと言われる。選ばなければ二人共殺すと。
6歳くらいの男の子と、3歳くらいの女の子。
さあ、どうする、早くしろと迫られ、彼女は女の子を差し出してしまう。
彼女は、生き延びる可能性を天秤にかけ、男の子のほうが可能性が高いと、咄嗟に判断したのかもしれない。
戦争が終わり、男の子はすでに亡くなっていたが、彼女は収容所から生きて開放された。
我が子に死の選択をしたという罪の意識から彼女が開放されることは生涯なかった。
彼女の気持ちはよく分かる。

わが子ではなく、罪人であったとしても、殺す判断を下すことは、生半可のことではないと思う。


判例が正しいのか。
市民感覚が正しいのか。


人間は人間に正しく罰を与えることができるのだろうか。



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善とは何か悪とは何かと人は問う

昔、年老いた実の母を殺し自分も自殺を図った人物がいます。
その人物は失業し、生活保護まで断られた人物です。

僅かに残っていたお金で一つのパンを買い
母と二人で食べたそうです。

その後、最後に母に言った言葉は「もうあかんで・・・」
母親はそれを聞いて全てを理解し息子に言ったそうです

「あかんか・・・、お前は"俺"の子や、俺が殺してやる」と・・・
それを聞いた息子は泣きながら母の首を絞め殺しました

その後、自分の首を切り自殺を図りましたが
付近の人が気付き一命を取り留めました。

その人物の裁判は異様な雰囲気で行われました。

その事件の背景を検察官が読み上げると
裁判官、マスコミ、傍聴席の人達が号泣し出したらしいです。

それ所か、訴える側の検察官まで嗚咽を漏らしながら
起訴状を読んでいたそうです。

例え、いかな理由であろうとも、
秩序の為に人が人を裁かねばいけない世の中。

しかし何時の日か、犯罪というものがなくなり、
人が人を裁かなくてもよくなる世の中が来る。

少なくとも私はそう思いたいです。

Re:善とは何か悪とは何かと人は問う

ブラックジャックさま

リコメが大変遅くなりすみません。

罪を犯した人にも事情というものがあって、だからこそ弁護人がついて裁判が行われるんですよね。
そういう諸々の事情に鑑みて刑罰を決定することは、ものスゴイ胆力を要することなんじゃないかと
私なんかは、端っから尻込みしてしまいます。
世の中には法律では罪にならないけど、罪なことってありますよね。
そういう意味では私も犯罪者なので、私には人を裁く権利はないと思っています。
だれも罪を犯さない世界。生活と心が豊かになれば叶うでしょうか。
「ある人にとってはその罰は重すぎて、ある人にとっては軽すぎた」
というような言葉をどこかで読みました。
人が人を裁くって本当に難しいなって思いますね。

コメントありがとうございました


さすが、ブラックジャックさま。

志緒さま。まいど〜

昨夜のブラックジャックさま降臨は、驚きました。
いや〜、あの頃はちょうど笑いネタが多かったんですよね。
その後、蝶のお話とか読んで、涙いたしました隠れマニアックな変態です。

ところで。
うん、この記事を志緒さんがあげた時は、難しくてコメできなかったの。
でね。
今、ブラックジャックさんの読んで思ったんやけど。

うん。色んな状況て、有るやないですか。
ブラックジャックさんが書いてた事件の例とか。
これも、やはり何かしら、罪を犯した方に罰を与えなければならないんですよね。
でも、もしかしたら、何かしらの罰を与えられることが、救いになるかもしれない。
もし、どうしようもない状況であったとして、自分が人をアヤメてしまった時。
『仕方なかったよね〜』て、皆に言われて、自分自身、自分を赦せるのでしょうか?
どうしようもなく、やってしまった人ほど、自分を追い込む事になりはしないかしら。
それよりも、いくらかの罰を与えられて、マットウした上で、その事実を忘れずに。
の方が、救いにはならないでしょうか。

罪を裁くのは、悪い人を懲らしめることと、
罪を犯してしまった人を赦すためのものと二通りあるのではないやろか。




あれ?ちょっとズレたな… ま、いつもの事よ(笑)

Re:さすが、ブラックジャックさま。

優さま

いつもリコメ遅くてすみません。仕事で体力使い果たしました

今、世間で言われているのは、被害者の身内が納得できるような刑罰になっていない
ということですよね。
加害者の人権を尊重し過ぎていないだろうかとか。
確かに殺人事件が起きれば被害者の写真ばかり、バンバンTVに出ていて
これっていいのかなあって思うことがあります。
TVで、殺人で死刑が確定した犯人と遺族の方が交流を持って、最後には遺族の方が犯人の減刑を申請したというドキュメンタリーを見たことがあります。
刑罰ってなんなんでしょうね。
神様だったら、罪人でも心から悔い改めたら赦してくれるんでしょうね。
人間にはそこのところは分からないからそういうわけにもいかないだろうし、
殺人の場合、遺族や世間や司法が絶対許せないってなったら、許されなさそうだし。
納得して刑罰を受ける人もいるだろうけど、
刑が終わった後もずっと前科がつきまとって、また犯罪を犯してしまう人もいるし。
罪と罰って難しい!
では、これから仕事いってきます。

コメントありがとうございました

sparrow

Alas I'm not a tiny sparrow
I have not wings nor can I fly
And on this earth in grief and sorrow
I am bound until I die

ああ 雀でもなく翼も持たない私は
飛ぶことなど叶わない
そして 悲しみと嘆きの大地に
命尽きるまで縛り付けられる

PP&MのTiny Sparrowの一節です。
優しくて哀しい歌です。
この歌のタイトルをブログタイトルにしました。

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