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ERを見ていたら、こんな台詞がありました。
「人生はね、喜びと悲しみの裏返しよ。
本当の喜びは、深い悲しみを知ってこそ得られるのよ。」
この台詞は娘と過去に付き合っていた男に、母親が言った台詞です。
その娘はその男の子供を流産か死産かしてて、今はもう一緒には生きていけないと感じている。でも男はまだ彼女を愛している。
その彼に、ここで諦めるの?と母親が励ます意味で言った言葉だと思います。
このドラマのように深い悲しみの底から本当に大切なものを見つけられる人もいるでしょう。
ドラマでは大抵悲しみや苦しみから立ち直らせてくれる人が現れます。
そのほうがドラマチックですから。
でも現実はそんなに都合よくできていません。
多くの場合、大人は誰も、ひとりで歯を食いしばって立ち直らなければならないんだと思います。
苦しみが家族の絆を強めたとか、家族が支えてくれたとか、そういう話はそうそうあるものではなく感動的なのでテレビなどで取り上げられる……なんて考える私はひねくれ者かも知れません。
もし傍に支えてくれる人がいるのなら、それはこの上もない幸せなのだと思います。
悲しかったり、苦しかったり、それをそのまま受けとめればいいんでしょうが、それが憎しみになったり怒りになったり、自己否定になったりして、感情がどんどん変成されてしまうことがあるんですよね。
そして自分がいったいどこにいるのかわからなくなってしまう。
そういうこと全てを、強く生きるための糧に出来ればいいんですけどね。
救済はきっと自分自身が変わらなければ手に入れられないものなんでしょうね。
自分を変えるってとっても難しいです。
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sparrow
Alas I'm not a tiny sparrow
I have not wings nor can I fly
And on this earth in grief and sorrow
I am bound until I die
ああ 雀でもなく翼も持たない私は
飛ぶことなど叶わない
そして 悲しみと嘆きの大地に
命尽きるまで縛り付けられる
PP&MのTiny Sparrowの一節です。
優しくて哀しい歌です。
この歌のタイトルをブログタイトルにしました。
I have not wings nor can I fly
And on this earth in grief and sorrow
I am bound until I die
ああ 雀でもなく翼も持たない私は
飛ぶことなど叶わない
そして 悲しみと嘆きの大地に
命尽きるまで縛り付けられる
PP&MのTiny Sparrowの一節です。
優しくて哀しい歌です。
この歌のタイトルをブログタイトルにしました。
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中途半端なオタクです。
子持ちの主腐です。
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この記事へのコメント
無題
私は、たくさん好きな言葉があるんだけど。その中の一つ。
>最も強い魂は受難から生まれる。
>最も大きな人格は切り傷に覆われている
これ、リコメでも言ったけんですけどね。
皆、大人になるまでにたくさんの傷がついてて…。
それでも生きてる。凄いですよね。
その心の中は、本人でさえ見えない傷が一杯。
けど、それも自分の一部。
哀しんで、苦しんでる人を見ると、人はついつい…何かしらの言葉を与えたくなる。
余計なお世話をしたくなる(苦笑
けど、それを「切っ掛け」にかえるのも、本人次第。
聞く耳持たない場合も、あるでしょう。
時間が経って、突然思い出して…それが新たに切っ掛けになったり。
ただ、ドラマ見てて「あっ」って思ったりね(笑
何も無い「無」から、いきなり心が動くのは難しい。
寝転がって、ウダウダする時もヨシ。
そのまま終わる人生だって、ある。
それが悪いとも限らない。
一人っきりだと思ってても、気がついたら案外そうでもないって気付いたり。
そう思うと、気付けることが何かを動かして行くのかな~とか思ったりもします。
難しいですね。
>時は全ての傷をを癒すと言われているが、私はそうは思わない。
>傷は残るのだ。
これは、故ケネディ大統領の妹さん、ローズ・ケネディの言葉だったかと。(うろ覚え)
彼女はロボトミー手術をされたという噂のある、色々と言われてきた方。
薄れゆく記憶の中でも、傷が正気を保たせる時もあったのかな…なんて。
Re:無題
リコメが大変遅くなりすみません
私が頭に浮かぶ言葉は
『艱難辛苦汝を玉にす』です。
小学生の時に知った言葉なのに、今も記憶に強く残っています。
>最も強い魂は受難から生まれる。
>最も大きな人格は切り傷に覆われている
切り傷も沢山つけばグラインダーで磨いたような美しい玉になる。
そうやって強く美しい魂が出来上がるのが理想ですね。
>哀しんで、苦しんでる人を見ると、人はついつい…何かしらの言葉を与えたくなる。
>余計なお世話をしたくなる(苦笑
そういう有難いおせっかいを受けても、なかなか立ち直れない人も沢山いるんだと思います。
TVで子供の虐待を取り扱った番組を見ました。
彼らの多くは、何十年たっても苦しみ続けています。
鬱病になったり、自傷行為を繰り返したりする人もいるでしょう。
助けたいと手を差し伸べる人も沢山います。
でもこういう精神状態に陥ると(あるいは本当の鬱病になると)
いい状態になったように見えても、必ずまたぶり返して、
その繰り返しがずっと続いたりします。
完治するということはほとんどありません。
まず仕事から見放されます。
そして救おうと手を差し伸べた人からも見放されます。
神様は乗り越えられない苦難は与えないという言葉を耳にしますが
乗り越えられず苦しんでいる人が沢山いるのが現実です。
家族でも理解するのが難しかったりします。
助けたいと思っても思うようにいかないと疲れ果てます。
あるいは、人に言えない苦しみを抱えている人。
やはりTVですが、レイプを経験した女性の手記が一冊の本にまとめられて紹介されていました。
60を過ぎた方の手記もあって、その方は未だに癒えない傷を抱えていました。
50年も誰にもそのことを打ち明けることが出来ずに、これからもひとり心の傷を抱えて生きていくのでしょう。
「私ってこんなに傷ついているの、こんなに苦しいの、だからわかってほしいの、助けてほしいの」
大人になれば、そんなことは口にできませんよね。
多分そういう誰にも言えない傷を抱えて生きている人は沢山いると思います。
>時は全ての傷をを癒すと言われているが、私はそうは思わない。
>傷は残るのだ。
そうですよね。
傷を受けて壊れてしまう人も本当にいます。
壊れてしまって一生病院で過ごす人もいます。
でも傷を抱えながらも歯を食いしばってなんとか自分の足で立ち上がっていられたら
それで良しとしなければならないんでしょう。
そしてそういう大人が沢山いて、それは特別なことでは無いのだと思います。
癒えない傷をひとりで抱えて生きていくことは、特別悲しいことでも不幸なことでもなく
ありふれたことなんだと思うのです。
だからこそ、その傷を理解して、寄り添い支えてくれる人がいるならば
そしてその人がいることで癒やされるのならば、それはとても幸せなことだと思うんです。
そういうドラマやお話を求めるのは、
無意識のうちにそれが得難い幸せだとわかっているからじゃないかなあ、そんな気がします。
ロボトミー手術。
「女優フランシス」という映画の中に出てきました。
あまりに簡単な手術でびっくりしました。
そこで行われた手術は感情を穏やかにするもので、記憶も失われず日常生活も普通に行えるものでした。
強い恋愛感情や、何かに対する強い欲求が失われてしまうような感じでしょうか。
穏やかな気持ちで送る人生、強烈な欲望に身を焦がす人生。
どちらが幸せなんでしょうね。
なんだかとりとめもなく暗いリコメになってしまってすみません。
いつもながら論点がどんどんずれてきてますね(苦笑)
コメントありがとうございました
生きていくのか、生かされているのか。
いつの頃からか取り繕うようになり。
あ、私がすぐ思い浮かぶのは、これ。
六道輪廻のあいだには 伴う人も 無かりけり
一人生まれてひとり死す 生死の道こそ 哀しけれ
一遍上人と言うお坊さんの歌です。
そしてもう一つは、
小さきは 小さく咲かん
小さき限り 神を讃えて(たたえて)
人見るもよし 見ざるもよし 我は咲くなり
マザー・テレサ・・だったと思います。正しく覚えているか自信ないんですが。。
最後の1行に強く引きつけられています。
今でも他人の目、気になるから
でも自分を変えるまでには行かず(苦笑)。
変わるためにはやはり強制的な刺激が無いと駄目かも。
学校に行く、とか、社会に出るとかでも変わるし。
第2次性徴だってすごく変わるし。
救済は、本人のみが判ればいいのだろうって。
自分の事なのに上手く説明できないけど・・・
変わるの、怖いって思ってるうちは無理かな。。
Re:生きていくのか、生かされているのか。
リコメが大変遅くなって、すみません~
>ちっちゃな頃は何もかもそのまま受け止めていた、そのまま吐き出していた・・・と思うのに。
>いつの頃からか取り繕うようになり。
それが大人になるということなんですよ、きっと。
取り繕うというのは自意識の表れなんだと思います。
ある程度の自意識は必要なものだと思います、人前でみっともないことしないためにも(笑)
>六道輪廻のあいだには 伴う人も 無かりけり
>一人生まれてひとり死す 生死の道こそ 哀しけれ
>一遍上人と言うお坊さんの歌です。
とても分かり易い解説がありました。
http://www.otani.ac.jp/yomu_page/kotoba/nab3mq0000000kit.html
お釈迦様の教えは人生の苦しみから解き放たれて幸せに生きるにはどうしたらいいか、ということだと思います。
簡単に言うと一切の執着から自由になること。
あの本がほしい、あのDVDが欲しい、これが捨てられない、あれも捨てられないと、物欲にまみれて生きている身としましては、そういう執着がなくなったら生きる目的もなくなってしまうのではと心配になります(苦笑)
>小さきは 小さく咲かん
>小さき限り 神を讃えて(たたえて)
>人見るもよし 見ざるもよし 我は咲くなり
誰もが「世界に1つだけの花」だということですね。
すてきな言葉をありがとうございます。
>変わるの、怖いって思ってるうちは無理かな。。
年取ると、もう変わらなくいいや、いろいろ我慢するのもいや、っていう心境にもなります(苦笑)
コメントありがとうございました
人は一人で生きていける?
あなた 誰かのおかげさま
どっかの寺の前の掲示板に貼ってあった(笑)
まったく他人の世話にならずに生きてる人はいない。
食べ物1つにしたって
材料作る人、流通させる人、販売する人
他人の手を、意識してなくてもあてにして生きてる。
ほんのちょっとした意識の違い。
苦しみや悲しみに寄り添ってくれる人が
もしそばにいるのなら
居るだけでほんの少しでも楽になれるなら
それは幸せだと思う。
周りに目がいかない時には気付けないなにか。
経験で、傷を負って覚えていくなにか。
他人の声を聞き受け取り受け入れるなにか。
全部自分次第。
幸せになりたい人は、自分の幸せに気付かないのかも。
「暗いと不平を言うよりも、進んで灯りをつけましょう」かな(笑)
悲しいとか苦しいとか言ってる暇はない。
病気を恨んだり嘆いたりしてもつまんない。
家族養って、小さい幸せ見つけて
周りからいろんなモノを貰って
自分から楽しいこと探して
今日もあたしは生きてる。
生きたいように生きればいいじゃん。
その人の人生だもの。
ん?何が言いたかったんだ?(^_^;)
Re:人は一人で生きていける?
リコメが遅くなりすみません。
>今日も生かされている喜び
>あなた 誰かのおかげさま
>どっかの寺の前の掲示板に貼ってあった(笑)
>まったく他人の世話にならずに生きてる人はいない。
そして、誰にも迷惑かけずに生きている人もいないと思っています。
生まれてくる時も死ぬ時も誰かの手を煩わせるのが人間ですよね。
>ほんのちょっとした意識の違い。
>苦しみや悲しみに寄り添ってくれる人が
>もしそばにいるのなら
>居るだけでほんの少しでも楽になれるなら
>それは幸せだと思う。
本当にそうだと思います。
>周りに目がいかない時には気付けないなにか。
子供の時は親がどんなに思ってくれているのかわからずに
「私なんて生まれてこなければよかった」なんて言葉を吐いてました。ありがち(苦笑)
>全部自分次第。
>幸せになりたい人は、自分の幸せに気付かないのかも。
幸せって誰かにもらうものじゃなくて、自分で決めるものですね。
>「暗いと不平を言うよりも、進んで灯りをつけましょう」かな(笑)
暗くて何が悪いの?という気分の時もあります(笑)
>家族養って、小さい幸せ見つけて
子供がね、私を生かしてくれてる。
子供にはネガティブになってほしくなくて、世の中捨てたもんじゃないって、どんな時でも道はあるって言うけれど、どう生きていいのかわからなくなっている自分がそういうこと言うのが凄く後ろめたかったりする。
>生きたいように生きればいいじゃん。
>その人の人生だもの。
そうですね~。
でもそうすると私の場合引き篭もりになりそう。
子供が巣立つまではそれはダメですね(苦笑)
コメントありがとうございました
不完全の確立
感情って曲がってしまうから、正しく自分が何を感じているのかわからなくなる事があります。
ちゃんと悲しみに浸り、そこに留まることも本当は必要なのに、また違うものに変化して、元の感情を受け止める事が出来ないのでしょうね。
きっともっと時間をかけて、「変わりたい」と思い、自分を信じたら良いかもしれませんね。自分を信じたら、誰かに心から感謝が出来てそこから伸ばされた救いの手を掴んでいいのだと思えるのでしょうね。
無理にひとりでなくても良いのでしょう。
ひとりだけど、独りじゃない。
お盆のお供えから下ろしたビールが冷蔵庫に入っていて、それを飲んでやろうと毎晩思っているのに気がついたら八月も後半。なんでやねーん!と心で叫びながらご挨拶とさせて頂きますね(笑)
Re:不完全の確立
>どきどき、こちらにもご挨拶にお伺いしてみました。Az様のところから流れてみました~(笑)
ようこそです~。
どうぞ気軽にコメントして下さいね。
>感情って曲がってしまうから、正しく自分が何を感じているのかわからなくなる事があります。
>ちゃんと悲しみに浸り、そこに留まることも本当は必要なのに、また違うものに変化して、元の感情を受け止める事が出来ないのでしょうね。
みずきさまも、そういうことありますか。
私は40過ぎてからそういうこと経験して、自分でもこういう感情を持つんだとびっくりしました。
>きっともっと時間をかけて、「変わりたい」と思い、自分を信じたら良いかもしれませんね。自分を信じたら、誰かに心から感謝が出来てそこから伸ばされた救いの手を掴んでいいのだと思えるのでしょうね。
>無理にひとりでなくても良いのでしょう。
>ひとりだけど、独りじゃない。
無理にひとりになろうとしているわけではないのですが
大人ならひとりで頑張らなきゃならない時もあるでしょ、って感じですかね。
>お盆のお供えから下ろしたビールが冷蔵庫に入っていて、それを飲んでやろうと毎晩思っているのに気がついたら八月も後半。なんでやねーん!と心で叫びながらご挨拶とさせて頂きますね(笑)
私ビールはダメなんですが、時々シードルを買ってきてチビチビ飲んだりします。
アップルサイダーみたいで、でもやっぱりお酒で(笑)
ほんとにチビチビ飲むので、ひと月くらい冷蔵庫に入ってます。
コメントありがとうございました
無題
私は敵は外に作れって思ってます。
家族に敵がいれば、家族内がうまく行かないけど、家族の外から危機ががくれば、家族内は結束するものです。
>悲しかったり、苦しかったり、それをそのまま受けとめればいいんでしょうが、それが憎しみになったり怒りになったり、自己否定になったりして、感情がどんどん変成されてしまうことがあるんですよね
うん、最初は起きていることがわからなくて、うろたえたり、悲しんだり、憐れんだり、それから恨んだり、落ち込んだり、でも最後はそんな運命に身をおく我が身を受け入れることになって、そこから何かを悟る。
全てを受け入れること、難しいけど、できた時楽になれる。
Re:無題
>何かみなさんのコメが難しすぎて、何書いていいかわからなくなりました。
うん、私も何が言いたいのかわからなくなりました(苦笑)
>私は敵は外に作れって思ってます。
>家族に敵がいれば、家族内がうまく行かないけど、家族の外から危機ががくれば、家族内は結束するものです。
そうですね。
でも外部の敵に家族が傷つけられて、その結果結束が強まることもあります。
なんかそういうの悲しいですよね。
>うん、最初は起きていることがわからなくて、うろたえたり、悲しんだり、憐れんだり、それから恨んだり、落ち込んだり、でも最後はそんな運命に身をおく我が身を受け入れることになって、そこから何かを悟る。
>全てを受け入れること、難しいけど、できた時楽になれる。
明良みたいに受け入れられたらいいんですけどね。
なかなか難しいです。
コメントありがとうございました