
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
被災地で
すれ違いし老女(ひと)
大声で
皆居ねぐなっだ
おらあ負けねど
TVで震災を詠んだ歌を朗読していました。
この歌を聞いた途端、胸に迫るものがあって
嗚咽を抑えきれませんでした。
シンサイミライ学校というTV番組を偶然見ました。
東日本大震災の経験を踏まえて、ボランティアのあり方や防災について子どもたちに考えさせたり、実際に行動させたりする番組でした。
子供が小学生の時、思いやりの心を育む授業として、車椅子に乗ったり押したりして体の不自由な人のことを思いやる、というようなことをしていたようですが、私には建前だけの上っ面を撫でたようなものに感じられました。
そんなことをしたって、実際クラスの中では思いやりの欠片もないようなことが沢山行われていましたし。
そういう授業をしたという証拠を残すだけの為のものだったように思います。
本気で思いやりの授業をやろうなんて学校が思っていないことがはっきりと分かりました。
シンサイミライ学校というTV番組を見て、こういう授業こそ子どもたちの学校でもやってもらいたいと思いました。
でもそれが無理なのもわかります。
学校にはそんな余裕はありませんから。
この番組はTVをつけたら偶然やっていたというもので、途中から少しだけ見たに過ぎないので、再放送があればきちんと見たいと思います。
録画して子供にも見せたいです。
シンサイミライ学校HP
3月11日。
2年前のこの日、取り憑かれたように、震災被害を映し出すTVの前から離れられない私がいた。
そして、被災してもいないのに、酷く消耗してしまった。
それまでもいろいろあって、やっていたブログとかあまり書けない状態だったのだが、あの日からはまったく何も書けなくなってしまった。
いろいろなことが一度に胸の中になだれ込んできたような気がして、混乱していた。
結局いつも逃げているばかりの弱い私だから、子供もこんなに弱い心に育ってしまった。
全部自分の蒔いた種なんだ。
いつまでたってもどうしようもない自分。
>おらあ負けねど
泣いてしまうのは、この言葉に自分の不甲斐なさを、はっきりと突きつけられるからだろうか。
泣いてたって何も始まらないのだけれど。
PR
- <<ぽち
- | HOME |
- 海老のトマトクリーム>>
sparrow
Alas I'm not a tiny sparrow
I have not wings nor can I fly
And on this earth in grief and sorrow
I am bound until I die
ああ 雀でもなく翼も持たない私は
飛ぶことなど叶わない
そして 悲しみと嘆きの大地に
命尽きるまで縛り付けられる
PP&MのTiny Sparrowの一節です。
優しくて哀しい歌です。
この歌のタイトルをブログタイトルにしました。
I have not wings nor can I fly
And on this earth in grief and sorrow
I am bound until I die
ああ 雀でもなく翼も持たない私は
飛ぶことなど叶わない
そして 悲しみと嘆きの大地に
命尽きるまで縛り付けられる
PP&MのTiny Sparrowの一節です。
優しくて哀しい歌です。
この歌のタイトルをブログタイトルにしました。
ブックマーク
カテゴリー
プロフィール
HN:
砂糖 志緒
性別:
女性
自己紹介:
中途半端なオタクです。
子持ちの主腐です。
子持ちの主腐です。
時計
カレンダー
03 | 2025/04 | 05 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | ||
6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 |
20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 |
27 | 28 | 29 | 30 |
この記事へのコメント
秘コメw さまへ
丁寧なコメントありがとうございます。
私も日本に住んでいますから地震は何度も経験していますが、ライフラインがやられてしまうような地震は経験がありません。
でも、北海道でも奥尻島の津波はとてもショックな出来事で記憶に残っていたので、東北での津波の映像を見て、奥尻で起こっていたことの再現のような気がして、改めて津波の恐ろしさを教えられました。
奥尻では3分で津波が到達したそうです。
助かった人の話を聞くと、ドンっと地震がきたと同時に取るものもとりあえず高台へと逃げた人だけが助かったようです。
以前にも同じような津波に襲われた土地なので、その経験からいち早く行動した人も多かったようです。
自然て本当に恐ろしい一面があって、その前では人間はちっぽけで無力なんだと思い知らされますね。
そんな恐ろしい自然の中にいるからこそ、命の大切さを実感したり、助け合うことで絆を深めていけるのかと思うと、複雑な気持ちになります。
失うことで得るものもあるんですね、悲しいけれど。
子供が弱虫なことを話題にすると「〇〇ちゃんは優しいから」と言われたりします。
そうとしか言いようがないですものね。
でも、優しいということは強いということだと思うんです。
弱くては優しくなれません。
誰かの力になりたい、助けたい、そう思っても弱くては行動に移すことさえできない。
かわいそうとか、助けたいとか、思っただけでは優しいとは言えないとおもうんです。
強くなければ正しいと思ったことも出来ずに流されていくだけなんです。
気持ちが弱いと、いつの間にか自分が思ってもいなかった方へと流されていて、気づけば沢山の間違いの中で後悔ばかりしてしまいます。
18年前の震災から、被災した人々を助ける活動をずっと続けている方達がいて、今は東北で活動している方がTVに出ていました。
自分の信じたことを行動で実践していく本当に強い人だと、頭が下がる思いでした。
強くなりたいと思います、子供のことでは必死になって頑張った時期もありました。
でも気づけば相変わらずフラフラと臆病で、引きこもっているのが心地良い弱い自分がいて、この年になっても何にも変わってないんですよね。
震災関連の番組を見ていろいろ考えると、人生がそこに凝縮されているように感じます。
悲しみ、苦しみ、生きている喜び、思いやる心、諦め、絶望、希望。
そういうものが一気に押し寄せてくるようで、苦しくなることがよくあります。
だから、震災について書くと、まとまらないことをだらだらと書いてしまいます。
リコメが遅くなってすみません。
ちょっと頭痛がひどくて寝ていました。
コメントありがとうございました